「日々、自分自身の理想の在り方、姿を心に強く想い描き、その理想の近づこうと実践する事」
江戸時代の封建制度である程度身分階級が固定され親の就く職を代々継承していた時代とは違い、現代は自分自身の人生の目的目標がなければ向かう方向すら判らない時代なのだ。選択肢が拡がった分、逆に迷いが増えた感が否めない。
たまに「自分はどうすれば良いんでしょうか?」と問う輩に出会うが「ところでアンタ自身はどうしたいのよ?」と応えるしか無いが…アンタ大丈夫かいな…で有る。
子育てしている親が「子供は子供の人生を自分らしく生きてもらいたい❗️」なんて言うが、子供がそういう親の生き方を真似ている自覚を持つ親は少ない。自分らしい人生を歩んで貰いたいならば、一番側に居る人生の先輩で在る親が「自分らしい人生の歩み方」の手本を失敗も含め観せるべきなのだ。子供もそれなりに冷静に眺めながら学ぶ。
大体、大人と呼ばれる年代になりながら、単に長く現世に留まれば人間的な成長をするなんて思っている輩が多い様に感じるが、飯食って寝ているだけで成長する訳では無い。成長するのは腹回りの脂肪くらいだ。
自分自身の人間として為りたい理想が有って、そこに近づこうとしてこその成長なのだ。
自分は別に他人の欲を否定する気も無いが、俗によく聴く「金持ちになりたい」と言いながら、現在居る職場の給与の安さを嘆くくらいならばダブル、トリプルワークで掛け持ちすれば良い事なのだが殆どの人間は何もやらない上、現在居る職場で日々創意工夫を重ねる訳でも無い。言っているだけで金持ちとやらになれると信じている事自体がアタマにチューリップ🌷で在るからおめでたいモノだと思う。
悪いが金持ちになって何をしたいか?が大切なのだが、それすら理解出来ていない輩が一時的に金という道具を手にしたところで持続する事無く散財して終了となる姿を多々観てきた。
常に気高い理想を掲げ理想に近づこうとする人間が増えない限り世の中全体が斜陽し続ける。斜陽の波に呑まれるほど自分はアホにはなりたく無いと常々思って行動している。
意識高い系でも何でも無く自分自身のアホ化を止められるのは自分だけなのだというそれくらいの話だ。