宗教法人

来慶山忠暘院

「木々を眺め直接観る事の出来ない根を想像出来ない人間は道理に気づけない」令和3年10月31日記

「木々を眺め直接観る事の出来ない根を想像出来ない人間は道理に気づけない」令和3年10月31日記

「木々を眺め直接観る事の出来ない根を想像出来ない人間は道理に気づけない」

木々を眺めた時、土から下の根を想像する。自分の眼(まなこ)に投影されている姿はその生命の全体の一部でしか無い。更に、生える場所の土の栄養、雨やお日様の恵みの結晶として観る。想像を更に深めて土や水やお日様の恵みもバランスを崩せば枯れ果てる事姿を目の前の繁った草木から学ばせて頂く事を常としている。

誰しも小学生時代に図解で学ぶ事だが、目の前で日々当たり前の様に繰り返して説かれている道理に気づけないのだ。

土から下の根…テレビ映像で観る氷山だって海面から下を想像し得る人間の方が少ない。
人間の能力の凄さとは想像する力なのだ。但し、その本来誰しもが持ち得る能力も日々鍛える事でしか養う事が出来ない。世の中、日々想像力を鍛える事を放棄し、欠如した輩がやらかす出来事に巻き込まれ右往左往しているだけの話なのだ。
そんな能力を鍛え続けていけば自然と道理が解ってくる。
理由が存在し、そこに至るまでの道を弁える事が出来さえすれば自分自身の身の処し方が判る様になる。

道理を弁え身の処し方が判る様になれば現世生かされている間、ある程度やりたい事は出来る様になるモノなのだ。

本来誰しも平等に備わっているモノくらい自分自身で磨きをかけ自分自身の人生を謳歌、楽しむ事をお勧めしておく。

忠暘院

横浜市緑区のお寺です。
よろしくお願い致します。