住職のブログ

ローマ滅亡の歴史を観る…

とかく人間とは自分を基準にしてモノゴトを考える生き物なのだ。

全てのモノゴトを、
「自分はこう考えるのだから、他の人も同じ…」
なんて思って生きている。
特に歳が上がると現在の大した事の無い世の中の「フツー」やらに自分基準が固定される。
現在のそんな大した事の無いフツーを単純に説明するなら、学生の頃テストや偏差値の数字で偏差値を表された様に、大人になると年収という判りやすい数字で世の中のフツーが数値化される訳だが、平均年収の数字は、
「その時代を生きる人間がモノゴトを考え稼ぐという金という判りやすく変換した数値」(それもテスト勉強では最高100点だが、上限の無い数字)
と捉えるならば、世界的に人口が増えているのにもかかわらず日本での年収が下がったという事実はアレコレ言い訳がましい事を述べようとも、
「日本人自体がモノゴトを考える事が出来なくなり数値が下がった」
それだけの話なのだ。(別に自分は拝金主義者では無く、あくまでテスト程度の数字の延長の話を書いている。)
そんな年々数値にも如実に右肩下がりで表されている次元の低いフツーとやらの考えを振り回し、自分の信じるフツーの「正」やらを他人に押し付ける方々が増えてきた。
「考えなくとも、とりあえず食事にありつける…」
そんな先々代…先代が頑張って下さったおかげでの余力の様な恵まれた時代はもうじき終わりが来る訳だが…
行くところまで行かないと理解出来無いのも人間の性だと思えば、釈尊の解かれた、
「諸行無常」
も最もだと理解出来る。
長い歴史を紐解くならば…空腹が無く常に満たされている様な時代は長くは続かない…
ローマ滅亡の歴史を現代の日本という国に重ねながら…
山から下界を眺めている。

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