世の中を眺めながら…

人間は育つ過程での環境、現在置かれている取り巻く環境に左右され人格を形成する生き物なのだ。

 

 

そういう自覚が無いと、知らない間に自分自身が無意識に染まってしまう怖さが有るのだ。

 

 

現在(いま)の我が国の総理を眺めた時、若い頃のアメリカ遊学時代にアメリカという国の悪い部分に染まった姿を観て取る事が出来る。(「遊学」という文字を敢えて使うのはアメリカ時代の恩師や現地の友人という人間が出て来て語る事が皆無な事からだが…同じ箔付け境遇の現地日本人ボンボンコミュニティで過ごしたとしか思えない。)

 

 

自力の無い人間に箔を付けるにはアメリカ帰りの箔は手っ取り早い時代だったのだ。

 

 

 
自力、自頭の無い人間は「自」が無い「空(から)」の状態だから何でも吸収したと思うが、狭い日本人ボンボンコミュニティで過ごせば類友宜しく、何が凄いのかも解らず「アメリカ凄い」の経済優先的な合理主義的な感覚に感化されたのだろう。

 

 
アングロサクソン系の他を圧倒して征服する力で押し切るアメリカ合理主義は日本を代表する経営者で在っても染まってしまい後々会社を飛ばすくらい怖いモノなのだが、箔付け遊学の身では理解不可だったと推察する。

 

 

 

日本に流れる仏道…茶道…等々「道」が付く無駄を削いだ合理的姿とアメリカに流れる経済を軸にした合理的姿は根本的に違う。

 

 
心許ない異国の地で同じ境遇だった遊学日本人ボンボンコミュニティ仲間を大切にしている姿はある意味日本人らしいとも思うが…

 

 
自分自身の立ち位置の自覚を望む…

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