普段接する方々との会話で常に学ばせて頂いている。
アタマで漠然と考えていた事が具体化され整理され蓄積されていくから本当に有難い。
先日、人生の先輩でも有る友人が集悠庵に筍掘りにみえていた。
筍を掘り終わりお茶を飲みながら、
「お互い必要とされる人間関係は持続する…片方が必要としてももう片方が必要としなければ関係は自然と無くなる…」
なんて言われた言葉に、今までアタマの中で漠然と描いていた諸々全ての関係の姿が具体化し氷解した。
人生、ご縁が有り「者」「物」全てに出会いも有れば別れも有る。自分という存在を取り巻く全てに当てはまる事なのだ。
齢(よわい)50近くまで生かされてきて、言われた通り、ご縁が切れた人…モノ…全てを思い返すと「お互い両方か、どちらか何方かが相手を必要とし無くなる存在となった場合」に縁が途切れている。
永く良いご縁を繋げていこうと思ったならば、「お互い相手をどれだけ大切に思えるか?」が重要な事なのだ。
お互いに相手に「様」を付けるくらいに大切な存在として扱う必要となる。
本当の「お互い様」で有る。
「取り巻く八百万(やおよろず)全てに神が宿る」くらいの扱いを忘れなければご縁は途切れる事無く延々と続くのだ。
現代ではすっかり薄れてしまったが、少し前の世代の「あたりまえ」としてきた中に、これからを生きるヒントは無数に散りばめて有る。
愚者で有る自分に常に周りの方々は気づくきっかけを与えて下さる。
毎度の言葉では有るが「感謝」で有る。
横浜市緑区のお寺です。
よろしくお願い致します。