名こそ惜けれ…

日本には鎌倉時代から受け継いで現在(いま)も薄くは遺っている「名こそ惜けれ」の感覚を今一度考え直す時期では無いかと思っている。

 

 
社会全体に諸々の歪みが出て膿とも思える部分が噴き出しつつ有るが、ほとんどの人間が他人事として処理し、一部メディアのメシの種として消費されている現代なのだ。

 

 
根本を言ってしまえば「名こそ惜けれ」の風化による、人間個人の無責任化…個々の劣化なのだ。

 

 
自分という人間性、権利を主張する事は間違ってはいないが、権利には義務が付帯する。

 

 
義務(責任)を放棄して、権利を主張する方々が多い世の中では有るが、先祖から受け継ぎ、自分に授けられた自分の「名」を汚している事にすら気がついていないのだ。

 

 
自分の名前は自分で授ける事は無い…

 

 
以前、思慮の浅い親が自分の子供に悪魔と名付け様として問題となった事は有るが、基本「希望」を托して考え抜いて名付けるのだ。

 
誰しも自分に托された

 

 

「名を汚す事無かれ…」

 

 

で有る。

 

 
そんな本来の意味を考えながら…

 

 

最近機械によって割振られたマイナンバーなんぞが、そのうち名前代わりになる時代に突入するかと思うと無責任な劣化は更に進むのではないかと危惧している…

 

 
マイナンバー制度を発案、推進している方々はアタマが良い方々とは思うが、合理化の先に人間社会全体に何が起こりうるのか読み解いていると信じたい。

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