住職のブログ

山の中で考えている事…令和3年7月31日記

「人より少しでも得しようと思慮して行動し続けているのに何故日々の生活が大変なのかを考える」

損得勘定が先になる世の中で有る。子育てをしている多数の親が子供に「◯◯をすると損するよ❗️」「◯◯すれば得するよ❗️」などと損得教育を日々入れ込んでいる。
笑っては失礼かも知れないが損得教育を子供にまで入れている方の口癖が「生活するのが大変.…」で有る。他よりとにかく得をしようと思案し実践しているのに「生活自体が上向かないのは何故?」という疑問を持たないのが不思議で有る。
単純な話、その損得勘定の根本そのモノが原理原則、道理からズレているのだ。その事に気づかないうちはずっと低空飛行状態か途中で墜落するかで人生を終える。
近づくだけで相手のモノやコトを奪ってでも自分だけが得しようとする輩に好き好んで近づく人間はいない。周囲に居る善人の方々も1〜2度くらいはお付き合いしてくれるかもしれないが、そのうち縁切りされるのが関の山だ。対極に居る人間の創るネットワークは信用信頼で強固に構築されている。そんな輩だと認識されれば二度と接点が出来る事は無い。同じ穴のムジナと相手から毟り取り合いながらパイを小さくして人生を終える事となる。
1つのモノゴトをとにかく自分だけ手に入れ様とすれば広がりを持つ事は無く先細りどころかマイナスにまでなる。そんな他人から信用信頼されない輩が経済的、精神的にも豊かな人生を歩んだ前例は無いし、これからも有り得ないと自分は言い切る。
自分の子供にだって将来自分が歳を取り何も出来なくなった時見捨てられる。自分の身を案じて子供に、
「何で親を見捨てるの❓」
と問えば良い、
「教えて貰った通りだよ❗️何も出来なくなったアンタの面倒をみると金も時間も損するじゃん❗️❗️❗️」
という言葉を頂ける事だろう。
人生なんぞそんなモノだ。

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