日々…考える…

現在(いま)自分が取り組んでいる里山の再生で有るとか、これから取り組む事は、以前、うちの顧問弁護士でも在る大崎康博先生の自宅を訪問し話しをしていた中で、

 

 
「世の中で社会的地位に就いた人間、所得の高い人間は社会に対して責任を持たないといけない…」

 

 

 
と言われた言葉が自分の琴線にふれただけの事だ。

 

 
自分の場合、所得はさして大した事は無いが、人に渡す名刺には一応住職と記載して有る。

 

 

 

その大崎先生の言葉を咀嚼しながら腹に落とし込み冷静に考え続けた。

 

 
観えてきた答えは…

 

 

 
あまりに全てにおいて無責任に生きてきた大人としての自分の姿…

 

 

 
無意識のうちに「地位」「名誉」「金」等を欲する世の中のフツーとやらに慣らされて、それを善と捉えていたレベルの低い人間としての自分の情けない姿…

 

 

 

そんな事にすら気づかず生きてきてしまった自分自身が正直情けなく感じ…自分より後に生まれて来た方々…これから生まれてくる方々に対する先に生まれた人間としての贖罪の気持ちを自分自身の姿を用いて示す必要を感じたのだ。

 

 

 

現在(いま)取り組んでいる事は先に生まれてきた人間としての贖罪で有る…

 

 

 
石化燃料を浪費し…

 

 
「原発は安全安心、夢のエネルギー」との言葉を疑う事無く信じ込み、そこからつくられた電気を浪費し…

 

 

挙句、事故を起こし、人が立ち入る事すら出来ない地域をつくる要因に加担した人間としての贖罪で有る。

 

 

 

正直に言えば「再生エネルギー」の活用を夢見ながら小さい事とはいえ事業化する事自体、

 

 
今まで散々モノゴトを深く考えず、エネルギーを浪費しながら、次は再生エネルギーなんぞの掛け声をかけ綺麗事で収益を上げる気なのか…(正直いえば当面、収益事業としては成り立たないが…)

 

 

本来ならば、大人の贖罪として無償でもライフワークてして取り組まなければならないのでは…

 

 
そんな事すら思うのだ。

 

 

 

人間として生まれてきた以上、生きていく上で携わる全てのモノゴトに対して責任を担う…

 

 

 

そんな事を考えながら日々過ごしている。

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