最近、心から願う事…

同じ年齢の大人と呼ばれる方に、ホウキ1本持たせ掃除をしてみて貰えば判るが、その場所は全く違う仕上がりとなる。

 

全てにおいてで人生のその時の瞬間を安易に考え、「取り敢えず」でやり過ごしながら生きてきた人間と、きちんとモノゴトの道理を考えながら一つ一つモノゴトをこなしながら生きてきた人間の差が如実に出る。

 

経営に携わる方から、

 

「人は居るが人材が居ない…」

 

なんて嘆きを訊く事が多いが…

 

「取り敢えず」でやってきても通用した…通用してしまった…

 

別の言い方をすれば祭りの様なオメデタイ時代が長く続いた事で、「人生取り敢えず」で通用した方々が増殖してしまっただけの事なのだ。

 

人生の瞬間を「取り敢えず」でやり過ごしながら生きてきた事を自身の「成功体験」の如く信じている人間に「それは違う」と説いたところで相手は戸惑うのが関の山で有る。

 

そんなオメデタイ時代を生きてきた人間が成人し、家族を持ち子育てをしている…

 

人間哀しいかな…自分以上の人間を育てるのは不可能なのだ。

 

知らない事を自分以外の他人に教える事は絶対に出来ないのが道理というモノなのだ。

 

例え知っていても、完璧に全てをフルコピーする様に伝える事は人格が別なので絶対に無理な話なのだ。

 

単純な話、自転車に乗れる人間が、自分が知っている自転車の乗り方を言葉で自転車に乗れない他人に教えても他人は自転車に乗れる様にはならない様に…

 

おざなりに「取り敢えず」で、オメデタイ時代の日々を生きられた事を成功体験と錯覚している人間と、類友よろしくその周辺を取り巻く方々にこの先待っているのは厳しい二進も三進も行かない行き止まりの現実で有る。

 

先々に待つ厳しい行き止まりの現実の中、「溺れた人間藁をも掴む」状態となるが…

 

掴む藁が切れないくらいの丈夫な藁で有る事だけを願っている。

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