横浜の山から…

横浜の山から世の中を眺めていると、事象…モノゴトを

 

点でのみ捉えるしか出来無い人間…

 

 

点を繋げ線で捉える事が出来る人間…

 

 

に大雑把にだが分けられる事に気づく。

 

 

娑婆世界の揉め事の殆どは、点のみでしか捉える事が出来無い人間が諸問題を巻き起こしている事が観て取れる。

 

 

点でしか捉えられない人間は、自分が起こす「起(き)」が「承」→「転」→「結」の結を想像する事すら出来無いのだ。

 

 

点のみに重きを置いた刹那主義で生きる事を別に否定はしないが…

 

 

腹をくくる事も覚悟を決める事も無く「今だけ…金だけ…自分だけ…」現在流行りの3だけ主義の刹那主義を無意識のうちに語り、そして実践している人間ほど世の中に対してタチの悪い迷惑な存在は無いと思っている。

 

 

やってはならない「起」を起こしながら「結」まで転がったその結果に恐れおののき…アタフタするだけならばともかく、他に責任を押し付ける姿は、どちらかの祖師が遺された、

 

 

「あわれというも、なかなかおろかなり…」

 

 

の言葉そのもので有る。

 

 

何百年と月日が流れようとも人間の本質は変わらない…

 

 

3だけ主義、モノゴトを点でしか捉える事しか出来ない人間が増加するならば、人工知能にでもお任せして人間自体の考え方、行動そのものを最適化してもらう方が良い気がしてくる今日この頃で有る。

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