現在(いま)の思い…

誰しもの2つの眼(まなこ)に映る全ての偽りの無い真実、モノゴトに理由が有るのだが、現代人はその理由を読み解く力を劣化させている。

 

 
世の中豊かになり別に読み解く事などせずとも一日の生活にそれ程支障が出る訳でも無いから、モノゴトをきちんと考え無い気持ちも解るが、おざなりにして後々手痛いしっぺ返しをくらっている姿を観せて頂く事が多々有る。

 

 
先日、時々、話をしに訪ねてみえる方と集悠庵で話したのだが、その方が以前直接会った、

 

 

「人類全てを救うのが理想だけれども、それは不可能…自分は縁が有る人間しか救えない…」

 

 

なんてダライ・ラマが言われた話を訊く機会が有った。

 

 
正直、その話を訊いた事で救われた気がしている。

 

 
一度直接会い…時間を取って話をして…その次に会った時、その後自分自身では何もせず以前と同じ話をされる事に正直ウンザリしていたのだ。

 

 
自分より人生の諸先輩方に対しては敬意を払って毎回でも時間の有る限り話を訊く。諸先輩方の中で認知症を患われておられる方が同じ話を何度繰り返されたとしても「生きた証」を伝える話は何度でも訊かせて頂く。

 

 

 

但、自分より若い世代に対して、直接会って話をしたならば、その後は自分自身でやってみて、成功、失敗やった事全ての話を時間の有る限り訊くが、何もやりもしない壊れたレコード(古っ)みたいな同じ話を何度も繰り返し訊く時間が現在(いま)の自分には無いのだ。

 

 

縁を断ち切る気はサラサラ無いが、自分という人間が現世に生かされている時間が有限で有る事を理解して頂きたい。

 

 
世の中「歳を取る事も無く…死なない…」と思っているとしか思えない人間を観る機会が有るが、自分は歳も取るし、そのうち臨終を迎える自覚が有る。

 

 

自分なんぞでも、生きていく上で何かしらの気づくきっかけくらいは与えられるかも知れないが…本来、他人が人生を変えるのでは無く、自分自身で決め、自分で創っていく事が人生の醍醐味、生きる意味なのだ。

 

 

今回、現在(いま)の自分の思いをここに記しておく。

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