住職のブログ

自分の記憶に残る生き方しませんか?

人生を振り返ってみると、

 
「記憶に残っている時期(事)…」

 
「記憶に無い時期(事)…」

 

 

に大別出来る。

 

 

誰しも自分の記憶は「自分の生きた証」で有るから、本来全て残っていてもおかしく無いハズだが…陥没して忘却の彼方状態なのだ。

 

 

記憶に無い時期(事)を客観的に考えると、

 

 

「自分で考える事無く他人からやらされていた時期」

 

 

がほとんどで、

 
記憶に残ってる時期(事)は、

 
「自分のアタマで自分で考え、自分でやった時期(事)」

 

 

なのだ。

 

 
記憶に残らない出来事は、自分自身で考えて自分でやっていない訳だから、
「自分で生きていなかった事と同じ」
極論からすれば、

 

 

「死んでいた状態」

 

 

なのだ。

 

 
晩年になって記憶に残っていない様な…死んでいたのと同じ時間なんぞを過ごしていたとしたならば絶対に後悔だけが残る。

 
そんなモノは本来「悟りきった坊主」が超越した意識の中でやる事なのだ。

 

 

 

自分が何時も感じる「会って良かった!」と感じる方々は記憶に残る様な生き方を模索し続けている方々だ。

 
今日もそんな方々との新たな出会いを求めて一日を始めようと思う。

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