住職のブログ

自分を特別な存在と思う事について…

「自分は特別な存在で有る…」

最近、良い歳をして世間を騒がせているやらかしている人間はこのタイプが多い…

 

 

幼い頃の自分は特別な存在だと自分で思う事について成長過程の段階として間違いでは無いが、在る程度の大人になったならば特別な存在とは他人が思う事だと知るべき事なのだ。

 

 

特別な存在となりたいならば、他人が特別な存在と思わざるを得無いくらい日々他人に尽くす生き方を謙虚に続けていくしか無い。(最初は意識しながらでも良いからやっていれば自ずとなる。更に、いつの間にか忘れてしまったもっと大切な事を思い出す事に繋がるかもしれない…。その事についてはまた日を改めて書こうと思っている)

 

 

本来、他人が思うべき「特別な存在」を、年齢が上がった大人が自分自身で自分に当てはめて思っているならば…単なる中二病で有る。(慢心ともゾウジョウ慢とも言うが…)

 

中二病(慢心)に取り憑かれた人間に何を言ったところで聞く耳を持た無いし、反発されるのが関の山で有る。

 

そのうち…

 

周囲に離反されボッチの憂き目に遭い…

 

中二病から目覚めた頃に自分の事を大切に思ってくれる人間が1人でも残れば幸運だろう…

 

 

最後に書くが…いい歳になっての中二病…

一言で書けば…

「ダサっ❗️」

で在る。

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