50年を振り返ってみて…

ふと自分の人生を振り返ってみて…感じた事を記すが、

 
自分が5歳の頃亡くなった実父はそこそこの事業を営んでいた事も有り、お出かけの時は白タイツを履きジャケットを着させられる生活をしていたが、実父が亡くなり母親の再婚と供に生活レベルが下がった。

 

 
父親の死…お坊っちゃま生活から、ある意味、貧坊っちゃま生活となったおかげであたりまえは続かない事を体感をする事が出来た。

 
感謝で有る。

 

 

貧乏とは…「無い」を「有る」にしなければならない作業が増えるのでアタマを使う機会が増えた事も出来た。

 
コレも感謝で有る。

 

 

少々、見栄っ張りの母親に育てられた事で母親の期待に応えようと中学受験をし、一時期そのコースに乗ったおかげで、田舎てはあったが地方の名士の子供とまみえる機会も頂けた。

 

 
コレも感謝で有る。

 

 

高校を卒業する事も出来ずアウトロー的生活を送り…坊主となった後も、請われるままに身を任せ札幌…滋賀…に居を移し、あっちコッチでズッコケたおかげで現在(いま)が有る。

 

 

コレも感謝で有る。

 

正直、あっちコッチでズッコケていた頃には、

 

何も見えない真っ暗闇の中、何の希望も見出す事も出来ず「一生この状態が続くに違いない…」なんて絶望感に苛れる

 

そんな時期も有った…

 

 

現在振り返ってみると、

 

 

そんな全てのデキゴト…モノゴトが現在の自分という人間を形成する上で必要不可欠…

 

 
つまりは何一つムダというモノが存在しなかった事だったのだ。

 

 
これまでの人生を振り返り学んだ事で言える事は、

 

 

常に現在(いま)まで全てのデキゴトモノゴトに感謝をしながら、これから未来に起こるデキゴトモノゴト全てを自分という人間を創っていく上で必要不可欠な事だと受け入れていく…

 

 
それくらいの事なのだ。

 

 
齢(よわい)50年にしてちょっと気がついた事を記してみた。

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